違法マッサージ
繁華街を歩く。ネオンの看板が立ち並ぶ。
その中に堂々と「違法マッサージ」と書かれた看板があった。私は確かに違法マッサージの店を探していたが、表立ってそれを売りにしている店に出会うとは思っていなかった。
違法マッサージであることは後ろ暗いことではないのだろうか。
警察は違法なものを取り締まる為にパトロールを行なっているはずだ。こういう店に対しては何かしらの注意をするだとか、そもそも営業を停止する為の措置を図るだろう。
白地に黒い明朝体で「違法マッサージの店 グッド揉ーミング東京」と書いてある。
それ以外の情報はどこにも載っていなかったが、文字の右下の方で小さな親指のようなキャラクターが飛び跳ねている。そしてふきだしがついていてその中にグルグルの線が書かれている。
まさに今の私が表現されているようなふきだし。なんなのコレ?と言った感じ。
その横に「とび出せ!若手マッサージEX」という店の看板が出ていたが、私は「グッド揉ーミング」を選ぶ。雑居ビルの中へ入った。
エレベーターで4Fまで上がる。扉が開くと床は水浸しだった。滑らないように気をつけて進む。
ピンクの扉や青の扉があるが、突き当たりの赤い扉の上に「違法」という黄色いネオンが光っているのでそこを目指す。
廊下にはバケツやモップなどの掃除用具が散乱していた。濡れてひっくり返った猥褻な週刊誌もそこここに散らばっている。濡れた雑誌の色は虚しい。
滑らないようにしたり滑りを利用したりしながら突き当たりまで近づく。もう少しのところで右足がもたつき後ろ向きに体が傾く。まずい、と思い無理やり姿勢を前傾に。しかしその時点で重心のコントロールが効かなくなり、足が滑る。体は前に倒れている。今は宙に浮いた状態だ。徐々に頭から床に突っ込んで行く。手を伸ばした。何かを掴む。腕に力がかかる。
ドアノブが回った。体も回った。扉が開く。
スクリューのように何回転も回りながら気づくと私は受付の前にいた。
「いらっしゃいませ」
白い施術着の男が目の前に立っている。
「何時間で?」
「何時間があるんですか?」
「何時間でもいけますよ。あなたが望むなら」
この問題は非常に重要だと思った。
ここで何と答えるか。それがこの後の数時間に大きく作用することはわかった。
その時都合よく扉が開いた。店内に禿頭の男が入ってきた。驚くことにその男の頭はプラチナのように白く光っていた。
「お兄さん、お先いい?」
男の声は耳が痛くなるほど甲高く、顔の皮膚はそれらと相反するように岩のようにゴツゴツとしていた。
「18時間コースいけます?」
「はい、どうぞ」
男の希望は長かった。18時間。
たとえここでひたすらに眠ったとしても、18時間をそこに費やすのは苦しい。
また扉が開いた。今度はコウモリのようにいきり肩の男。短髪が頭にねっとりとくっついている。口元は前に向かって突き出し、何より背が高い。大人が通るには十分な高さの入り口を潜るように入ってきた。
「26時間コースでお願いします」
「了解しました」
そして扉が開く。
次に店内に入ってきたのは目出し帽をかぶった男だ。
「強盗だ!」
店員に刃物を突きつける。
「あるもん全部出せ!」
「本日は1200時間コースまでご用意できます」
「それで頼む!」
三人の男たちは皆同じように店の奥の黒い扉の奥へ消えていった。
「お待ちのお客様、どうぞ」
店員は私に向かって話しかけている。私は近づいた。
「ここの店を利用するのは初めてなんだ。さっきから随分長い時間のコースをみんな利用しているみたいだけれども、一体どういう理由(わけ)?」
私は紳士ぶって話した。
「そうでいらっしゃるんですね。いらっしゃるんですね。いらっしゃるんですね。いらっしゃるんですね。いらっしゃるんですね」
「そうなんだよ」
「そうでいらっしゃるんですね。いらっしゃるんですねいらっしゃるんですね。いらっしゃるんですね」
「そうなんだよ」
「左様でございますか。ここには長いコースをご希望の方々が全国津々浦々、北は宗谷岬、南は波照間島、西は与那国島、東は南鳥島から集まってきていらっしゃるんですね」
「そうなんですね」
「そうなんです」
「いいですね」
「いいでしょう」
「いいと思います」
「そうでしょう」
「じゃあ僕もお願いすることにしようかな」
「左様でございますか。左様でございますか」
「1時間半コースで」
「ムスッ」
そんなやりとりの後、私は260時間コースを選んだ。それにしてもこの店のメニューは免許皆伝の巻物の様に長かった。律儀に30分刻みで書いてあるのだから。
調子に乗って人差し指と中指を1時間コースから下に向かって歩かせていったもんだから目的のコースに到着するまでに40分かかった。
そして黒い扉から施術室までは20分かかった。コースを選んでから呼ばれるまで40分かかり、その前の妙な客のやりとりが15分近くあったことを思うと店に入ってから私が施術台に寝そべるまで2時間弱かかったことになる。店はガラガラなのに。
ただこの店はそんなに従業員が多くも無さそうだし、それを思えばあの途方も無い時間の注文を受け付けながら2時間ほどで施術までたどり着くことができたのは異例の早さとも言える。
ありがとう。