全国獲得予定資産管理組合
「夜分遅くに失礼します」
「はい」
「全国獲得予定資産管理組合の野菊と申します」
「はい」
心当たりのない電話。私は時間に追われて住民票を引っ越しから1年半も移さないまま今の家に住んでいる。
あらゆる口座の変更手続きや保険等の書類の提出を、忙しさを理由に怠っている。
だからこの様な電話は大概が面倒な催促がほとんどだ。
しかし今晩は心当たりのない相手からの電話だった。
「直木和弥様でお間違いないでしょうか」
「そうです」
「直木様、ただ今お時間よろしいでしょうか?」
「大丈夫です」
「ありがとうございます。直木様、突然ですが、全国獲得予定資産管理組合をご存知でしょうか」
「いや、すみません。よくわからないです」
「そうですよね。そうかと思います。我々全国獲得予定資産管理組合のことを知って頂きたくお電話差し上げました」
怖かった。何かの催促かと思っていたが新手の勧誘のようだ。認識がまるっきり入れ替わった。
「ただご安心ください。お話に少し付き合って頂ければ、我々があなたのよく知っている存在であることがわかるでしょう」
「え。なんのことでしょうか」
「お時間よろしいですか?」
「は、い。」
「ありがとうございます。
「まず我々について簡単に説明いたしますと、あなたが今後の人生で手に入れる資産を管理させて頂いている組織です。お世話になっております」
電話口から近未来的な文言が聞こえ、しばし呆然とした。それは短い間であったが、感覚としてはややそれよりも長く感じた。
いたずら電話なのだろうか。自分がもっと賢い人間であれば、早急にその判断を下し電話を切っただろう。しかし人からの電話を勢いよく切れるような度胸が自分には無かった。
「僕がお世話になっているんですか?」
「こちらこそお世話になっております」
「いやそうじゃなくて、全く心当たりが無いんですけど」
「認識としては一方的にお世話になっております。しかし直木様はご存知ないかとは思いますが、我々は事前にお互いが交わした契約の元に動いております」
「それは、あの。ちょっとあれかな」
「はい」
「よくわからないな」
「直木様が知らぬ間に契約は成立しております」
「それはあれですか?未来の私がなにがしかの契約を交わしたみたいなやつですか?」
「違います」
「じゃ、じゃあなんだというわけですか」
「厳密に言えば違いません」
「なんなんですか」
「私たちはあなたと契約したわけではなく、あなたの人生と契約をした、、、」
「人生、、、」
「人生の所有者はあなたではなく、あなたの所有者が人生であるとお考えください。あなたの所有者であるところのあなたの人生という時間が、既に私たちと契約を完了しています」
相手の言っている意味はやはりわからなかった。
ふとここで思った。さっきから話しているこの相手は男なのか、女なのか。
ここまで話した印象が、性別を意識させない。自動音声と話しているようだ。数分話してこちらの言葉に応対はしているけれども、今までの一切の流れを断ち切るように「〜の方は3、を押してください」と続けられても納得してしまいそうであった。
「用件がお済みの方は6、を押してください」と聞こえ、見えない6のボタンが震える。
とにかくどちらでもいい会話だ。
しかし今の自分は時間に追われているわけでは無い。あれだけ忙しくともその一切を無視したったいい。だからこうしてこの味のない話に付き合っている。
このような相手を脅威と思うか、水と捉えるか、その判定は自分の気持ち次第だ。
「わかりました。わからないですが」
「お時間よろしいですか?」
「はい。3分後には家を出ますが」
「話を続けてもよろしいですか?」
「はい」
「あれ、どこまで話しましたっけ…」
「僕が今後稼ぐお金をあなた方が管理している、というところまでです」
「ああ…厳密にいうとニュアンスが違うのですが、まぁニュアンスはね、別にいいですよね」
「はい」
再び時計を見た。一番眠い時間に一番眠い会話に付き合ってしまう不条理を長針に近づく秒針、短針に近づく秒針の隙間に重ねる。それは伸びては縮む。
「結局のところ僕は既に契約しているんですか」
「しています」
「覚えがないけれども」
「いや、していません」
相手の言葉は常に自問自答の最中のようだった。
契約を既にしていたか、していなかったか。正直自分の記憶に自信が無い。
この数年日中の記憶がほとんど無い。もう眠くて眠くて…。常に頭を誰かに押し付けられているみたいだ。
契約をしたとしたなら恐らく日中だろう。日が昇っているうちに、記憶が無いうちに、面倒なことは大概済まされているのだ。今この瞬間の煩わしさも晩には忘れているだろう。
私が稼ぐ予定のない事をわかって相手は話を続ける。
その話を一通り聞いてわかったことは、彼等は人々が手に入れる予定の資産をまとめて管理している。そしてそれを再分配しているようだ。
いつか金が稼げなくなった時に飴玉を配るそうだ。
その飴玉を舐めると舌が痺れるほどの甘みを感じて、脳みそがとろけちゃうんだそうだ。
猫を抱いている時みたいに。
じゃあ猫を飼えば済むじゃないですか、と私が言うと彼は、彼なのか彼女なのかわからない彼は「そういう風に猫を扱わないでくださいね」と言った。
最終的にわかったのは彼は、彼はなのか彼女なのかわからない彼はとても退屈していて、私に暇つぶしに付き合って欲しかったということだ。